2012年04月29日

若いヤツは知らない?プロ野球「空白の一日」事件を振り返る

 世の中を騒然とさせた大事件の「空白の一日」から29年の時を超え、当事者の江川卓氏と小林繁氏が、日本酒のCMで共演している。1978年のドラフト会議前日の11月21日に巨人が江川氏との契約を電撃的に発表。「ドラフト会議前々日に、西武の持っている江川君の交渉権は消滅している。江川君はフリーなので、契約した」という野球協約の盲点を突いたやり方だった。が、「空白の一日は、事務的な手続き上の意味から置いている。12球団の了解事項だ。巨人のやり方は明らかな違法行為だ」と11球団が猛反発。球界を激震させただけにとどまらず、社会的な大事件に発展した。

 「空白の一日」と言えば、誰もがよく知っていて、常識だと思っていたら、他社の記者がこんな話をしてきた。「ウチの整理部(紙面のレイアウトをしたり、見出しをつけるセクション)の若いヤツが『江川と小林のCM共演がなぜニュースなんですか』と聞いてきたんですよ。驚きました」。聞かされたこっちも仰天していたら、別の社の記者が「今の若い人たちは、江川が野球選手だったことを知らないんじゃないか。タレントだと思っているのでは―」と言い出した。

 そういえば、我が家の子供たちが学生の頃に定岡正二氏をお笑いタレントだったと思いこんでいたことを思い出した。甲子園のスターで、巨人の選手だったことを教えると、「エーッ、サダ坊って、野球選手だったの? 本当なの?」となかなか信用しなかったのだ。そうなのか、世の中を騒然とさせた「空白の一日」「江川事件」も段々と風化してしまうのかと胸中、複雑な思いになった。と同時に、語り継がないといけないのだと思い知らされた。

 江川氏との契約を認められなかった巨人はドラフト会議をボイコット。阪神が江川氏を指名して交渉権を獲得したが、大騒動は収拾するわけがない。巨人は「リーグ脱退、新リーグ結成」までぶち上げ、強硬路線を突っ走る。このままでは球界が崩壊すると危ぐした金子鋭コミッショナーが、「江川は阪神に入団する。その後に巨人へトレードする」という強い要望を出し、背番号3の阪神・江川が誕生、巨人・小林とのトレード成立。最終的に一件落着したのだが、「オズル」なる流行語も生まれた。当時の阪神の球団社長だった小津氏が「江川は絶対にトレードしない」と宣言しながら、結局、巨人とのトレードに応じたからだ。寝返るなどという意味で「小津る(オズル)」と使われたのだ。江川氏も悪者、犠牲者の小林氏は善玉という扱いで明暗が分かれた。

 が、一番の被害者は金子コミッショナーだった。「狂権発動コミッショナー」などと大バッシングされ、コミッショナー職を辞している。過去に財界G党の『無名会』のメンバーだったこともあり、巨人のお先棒を担いだと思われたから、なおさら激しい非難を浴びたのだ。しかし、富士銀行(現みずほ銀行)の頭取まで務めた実務家の金子コミッショナーの泥をかぶった強い要望が出されなければ、現在のプロ野球界はなかったのは事実だ。「再評価すべき人物」という球界関係者も少なくない。一理ある。歴史に残る大事件というのは、何十年も経たないと、本当の評価はできない。
posted by エジリン at 17:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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